劇場版 響け!ユーフォニアム

総集編という触れ込みだったが,新作カット多数,完全再構成され,セリフ新録,BGMも新録,エンディングテーマも劇場版と,とんでもない内容だった.
これは劇場総集編ではない.まったく新しい『響け!ユーフォニアム』である.
正直,ここまで京アニが本気を出してくるとは思わなかった.第2期が10月より放送されるが,果たしてどれだけのクオリティを出せるか.今回の劇場版を見た限り,かなり期待が高まっている.
劇場エンディングテーマのDREAM SOLISTERは,吹奏楽をバックに歌が入ったもので,これが大変すばらしい.劇場用に松田彬人氏が編曲したもので,壮大な曲に仕上がっている.

何故劇場版サントラを出すのだろうと思っていたが,BGMが一新され,エンディングテーマもすばらしいものが収録されるとなれば,それも納得である.

ハーモニー

蔵書を1000冊ほど処分した.それでもあと2000弱あるorz…

最近印象深かった作品は,伊藤計劃『ハーモニー』.
2010年に早川Jコレクション版を購入したが,つい先日まで熟成していた.

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

そんなことをしている間に,Project Itohが始まって劇場アニメ化されてしまった.それでもなお,読まずに熟成は続いたのであった.

それが何を思ったか,ふと手に取ったら一気に最後まで読んだ.Distopiaものだが,これはすごい.中盤あたりで世界の状況が一転するくだりはあまりの巧みさに思わず唸る.

小説には迫力が必要だ.迫力を生む題材は「対立」であり,最大の迫力を生む対立は「死」である.死線をさまよった作家の書くものには壮絶な迫力がみなぎっている.(筒井康隆『創作の極意と掟』より,要約)

『ハーモニー』から感じる迫力は,作者の伊藤計劃から漂っている気がする.彼は,若くして悪性腫瘍に苦しみ,34歳で肺がんにて没した.文字通り,死が迫り来る状況にいたわけで,小説から浮かび上がる迫力はただならぬものがある.

原作を読んだあとはやはり劇場アニメ版を見たいところだ.


劇場アニメといえば,4月23日は,『劇場版 響け! ユーフォニアム』の公開日である.TVシリーズを初めて見たときは,その完成度に驚かされた.今回は総集編だが,実はかなり期待している.ふつう,総集編というとなんとなく眠気を誘うか,退屈になるか,がっかりするか,ネガティブな印象になりがちである(『劇場版 蒼き鋼のアルペジオDC』のときは,前半の総集編のあたりは新鮮な印象がなく退屈であった.もちろん,後半の新作カットになると俄然前のめりになる.これくらい,総集編と新編にはattractantとしての差がある).

ところが,私個人の印象としては『響け! ユーフォニアム』は,この数年まれに見る傑作(『四月は君の嘘』もそうだが)で,見返すたびに新しい発見がある.初見時よりも引き込まれるくらいである.ひとつひとつの場面に実に多くの情報が詰め込まれていて,演出・作画・音楽のいずれの面から見ても緻密な設計が感じられる.

新作カットと,続編に続く描写があるとなおうれしいのだが.

劇場アニメ

劇場版アニメの公開が相次いでいる.
そのうち3つを観たので,感想を記したい.

1つめは,『心が叫びたがってるんだ。』.

『あの花』のスタッフが再結集した.
端的に,良い出来だった.(チョコレートとのタイアップCMではないけれども)ほろ苦い青春を存分に見せつけてくれる.劇場版だけあって作画は美しいし,声優陣の演技も素晴らしかった.特に,ヒロインの水瀬いのりさんは,しゃべることができないという設定であるから,出番はどれくらいあるのかと思っていたら,大変な活躍ぶりだった.
しゃべることができないという制約が,しゃべったときの鮮烈さをより印象深くしてくれる.水瀬さんは,『アルドノア・ゼロ』のエデルリッゾ『ダンまち』のヘスティアなどで存在感を増してきているので,今度の活躍を祈る.

2つめは,『ARIA the AVVENIRE』.

この作品については,天野こずえ先生の原作,アニメ1〜3期すべて観ていたし,癒やし系ヒーリングストーリーの最高峰と個人的には思っている.10年ぶりに新作が発表され,驚きとともにネオ・ヴェネツィア再訪が叶い喜んでいるところである.
アニメ3期が終了したあと,主にアテナの歌を担当していた河井英里さん,アテナ役の川上とも子さんが相次いで癌で逝去され,本当の意味での新作は作ることができなくなってしまった.
それでも,今回は茅野愛衣さん,中原麻衣さんの新キャストを迎え,相変わらずの穏やかな世界を描いてくれた.特に,茅野さんは,ARIAシリーズが声優を目指すきっかけとなった方だから,今回の出演は喜ばしいことだと思う.

3つめは,『蒼き鋼のアルペジオ アルス・ノヴァ Cadenza』.

劇場版後編である.前編が総集編+新作という組み合わせで,しかも大事なところで終わって数ヶ月待たなければならないという苦行を強いられた.
が,待った甲斐があった.「極めて素晴らしい」出来だった.これほど楽しませてくれた映画はヱヴァ以来久しぶりではないか.
スタッフが3DCGでの制作に熟達した証として,とにかく迫力のある映像が印象的だった.ネタバレは避けるが,冒頭からしてすごい.
艦隊戦はとくに観るべきものがある.ミョウコウ型重巡洋艦の4人が活躍するのはもちろんだが,その活躍の仕方が予想を上回る暴れっぷりで,よくここまでやったな,と思う.
迫力ある映像だけでなく,ストーリーも王道を行くもので,鑑賞後の満足感は最高といってよい.コンゴウが良い仕事をしている.そして,ラスト.TVシリーズから始まって,こんなに遠くまでやってきたのかと思わせられる.エンドロール後にも続きがある.これで解釈に深みが出る.
原作漫画も読んでいるが,アニメシリーズはオリジナルストーリーで,こうして非常に見事に着地できた.原作の今後にも期待大だ.
TVシリーズのメイキングは,月刊CGWORLDの特別編集『アニメCGの現場2015』に掲載されているし,今回の劇場版も10/10発売の月間CGWORLDで特集される.そちらも楽しみである.

観たいと思っているものとしては『死者の帝国』にはじまる伊藤計劃シリーズ.原作は読んでいない(『ハーモニー』は数年前に購入していまだ積ん読を脱していない)が,こちらも面白そうだ.

スペンサー

アニメ2期が決まった『冴えない彼女の育てかた』,私はアニメから入って原作にたどり着いた人間である.

妙に面白くて,アニメは3回ほど繰り返し見たし,原作も楽しんだ.(ちょっと脱線するが,2015年の上半期は良作アニメが多く,本作のほか,『四月は君の嘘』,『響け! ユーフォニアム』など,個人的傑作が相次いで出た.実り豊かな年だったと思う.その分下半期がぱっとしないような気もする)

『冴えカノ』のヒロインのひとり,澤村・スペンサー・英梨々の父方の実家であるスペンサー家は,どのスペンサーなのか,いつも気になっている.公式には設定発表はないので,ここから先は完全なる妄想である.

まずは必要な情報を拾うところから始める.

1. 英梨々の父は英国出身の外交官である(原作1巻p112)
2. 澤村・スペンサー家は富裕である(原作1巻p119)
3. 澤村・スペンサー家の花火大会鑑賞会には,駐日英国大使や外務次官,元外務大臣(榊のおじさま)など,重要人物が訪れる(原作3巻,p91,p212).家族ぐるみの付き合いだという記述もあり
4. 原作FD,p101の会話より,英梨々は「高卒は困る」「大学は行って貰わないと困る」と主張.何故困るのかという倫也の問いに「あたしというより家が……」と返答.ここでいう「家」は,直後の倫也のセリフに「スペンサー家」と明示されている
5. 英梨々の父は,娘を私立ではなく公立の嶋村小・中学校に通わせた.倫也曰く「スペンサーのおじさんはそういう特別扱いはしない(=名門私立にわざわざ通わせないということか?)」

作中の描写から,澤村・スペンサー家が裕福であり,社会的な地位として高位にあることは明らかである.これが澤村家に由来するのか,それともスペンサー家に由来するのか.英梨々の母・澤村小百合に関する情報は少なく,澤村の家系がどれほどのものかは不明である.なにせFDの扉絵によると,小百合は本編にも短編にも登場していないのだから.それでも無理矢理推測していく.

アニメ版の澤村邸の描写からして,ただの富裕層ではない.現存する前田侯爵邸,岩崎男爵邸,小笠原伯爵邸などと比べても遜色ない貴族の屋敷という印象を受ける.あれほどの豪邸を持つには,かなりの財産が必要であろう.当代で気軽に建築できるような屋敷とは思われないので,澤村邸は母方の資産と思われる(作中,「スペンサー邸」ではなく「澤村邸」と呼んでいることも根拠にはなるだろう).一代で築いた財産とも思えないので,ともすれば澤村家は華族の家系か.熊本の細川侯爵の重臣に,沢村男爵家がある(無理矢理な推測だというのは重々承知している).
本邸にそのまま居住していることから,英梨々の両親は正当に家を継いでいる=両親の結婚に特段の反対はなかった=家柄の釣り合いがとれていたということか.外国人であるにもかかわらず,澤村家の長女(家を継いだということから,おそらく小百合は長女)と困難なく結婚しているので,スペンサー家というのはかなりの家柄だろう.澤村男爵家と仮定すれば,スペンサー家もまた貴族の可能性が高い.
4にあるように,家が困るという英梨々の発言に対し,倫也は澤村ではなくスペンサーの名を挙げている.英梨々の家の事情に詳しい倫也が,真っ先にスペンサー家を想起するということは,スペンサー家が澤村家よりもさらに家格の高い家系であることを窺わせる.

1,3によると,大使には及ばない地位にもかかわらず,外務省のトップや外務大臣と親しく交流していることから,英梨々の父は外交官としてそれなりに上位の地位にあると推測される.ただ,8年前にすでに現職の外務大臣(榊のおじさま)を家に招くほどであるから,外交官の地位というよりも英梨々の父自身にそうした人脈を築けるような要素があるか,もしくは澤村家のコネがありそうだ.

5から分かるのは,澤村・スペンサー家は,本来ならば娘を名門私立に通わせるような家柄だということである.富裕であることを考慮すれば当然だが,「そういう特別扱いをしない」という発言から,やはりただの富裕な家とは思えない.子女を特別扱いして当然の家柄であろう.

以上,甚だ根拠薄弱かつこじつけの感は否めないが,スペンサー家は相当裕福で特別な家系であると推測される.
外交官というのも,英梨々の父が良家の出身であることを示唆する(外交は本来貴族の役割であった).
スペンサー家が上流階級であろうというのが,私の推測(勝手な妄想)である.

英国で貴族かつスペンサーの姓を有する家は,スペンサー伯爵マールバラ公爵,チャーチル子爵がある.いずれももとは一つの一族で,ダイアナ・スペンサーや,ウィンストン・スペンサー=チャーチルなど著名な人物を輩出している.英梨々の父はこの一族ではないか(と勝手に妄想).

(どこまで現実世界の事実を持ち込んでいいかはわからないが)スペンサー伯爵家には,第9代伯爵以外に英梨々の父と同年代と思われる男子はいない.
チャーチル子爵家も,高齢の第3代子爵以外に男子はいない.
とすれば,マールバラ公爵家の出身であろうか.ただ,マールバラ公は,スペンサー=チャーチルという二重姓であり,この家系の出身ならば「澤村・スペンサー=チャーチル・英梨々」になるはずだ.

……上手くはいかないものである.

まあ,両親ともに貴族の出身という設定のほうが,お嬢様度も上がるというもの.
もう勝手にスペンサー卿と呼んでしまおう(結局これがやりたいだけ).
ちなみに,スペンサー卿が子爵以下の貴族であれば,英梨々は,Missの敬称,伯爵以上の貴族であれば,Ladyの敬称を受ける(Correct Form, Debrett's).
Lady Elily Spencer,なかなか良い響きではないか.

電子ピアノ選び

長らく愛用していた電子ピアノが壊れてしまったので,買い換えることにした.……が,どれにするか迷いに迷った.最終的にカワイのCA67を選んだ.正直,「どうしてこうなった」というのがいまの心境である.カワイ製の電子ピアノにするつもりもなく,予算も当初はこの半分だった.

備忘録として,購入に至った経緯を残しておくことにした.電子ピアノ選びに迷っている人の助けになれば,幸いに思う.できるだけ客観的・中立な立場で書きたいものの,最後の決断や好みについては,どうしても主観的にならざるを得ない.それと,私はピアノ歴18年と比較的長いが,正式なレッスンを受けたことは一度もないことに留意されたい.あくまでも趣味の範囲である.身近に正当なピアノ教育を長年受けている人がいれば,その人に相談するのが良い(その場合でも主観的な意見はどうしても避けられないとは思う).また,ここ数年は激減しているものの,生のグランドピアノに触れる機会が多かった(ほぼ毎日触れられるというときもあった,運が良かったとしかいえない)ということも注意されたい.

購入前には,入念に試弾したつもり(自分の使用する道具には神経質なほどこだわる性格である).最終的に5回ほど試弾し,計6〜7時間になる.入念に,とは言ったものの,もっと長く,慎重に試される方もおられると思う.とはいえ,いたずらに長く試せばよいとは思わない.注目すべき重要ポイントをまず押さえておく必要があって,これが明確にならないと長く迷うのではないか.このポイントは,購入者が事前に決めておくべきこだわりの点であって,人によって様々と思う.私の場合は,以下の点が重要であった.

★鍵盤のタッチがグランドピアノに近いこと
ひとくちにグランドピアノのタッチと言っても,製造メーカーや個体により差がある点は考慮しなければならない.この点については,あとで詳しく述べる.

この点以外は,どうでもよいとは言わないが,優先順位は低かった.

長年の愛用品はカシオのPX720で,低価格帯の製品.鍵盤はある程度重いが,2015年現在の最高レベルの電子ピアノと比べると,性能差がありすぎて,おもちゃと言われても致し方ない.打鍵音が大きく,静音性はほぼゼロ.それでも不満を感じることは少なく(なにせ趣味だから),壊れるまで8年は使えた.ダンパーペダルが完全に壊れたので,スタッカートか,必死のレガートを試みるしかない状況になり,せっかくなので最近の性能が良い製品に買い換えるかと思ったわけである.

当初の購入予算は10万円で,ローランドのRP401(PHA4スタンダード鍵盤)あたりがちょうどよいのではないか,と思っていた.さっそく試弾に行ったところ,PX720よりははるかに良いものだが,これだ,という決め手に欠けた.この際,カワイの木製鍵盤CA17(M3グランドII鍵盤)に触れている.確かに良い製品だと思ったが,予算不足であり,まだ視野に入っていなかった.

2回目の試弾では,ちょうどRP401を試している人がいたので,上位機種のHP504(PHA4プレミアム鍵盤)を触った.約10年前の機種に比べれば隔世の感がある,とはこのことだというくらいアコースティックピアノに近い感覚があった.その後,RP401に触れると,やはり鍵盤の品質は劣るというのがはっきり分かった.ではHP504にするかというと,予算の面から再考せざるを得なかった.

3回目の試弾では,予算を15万円にどうにか増やした.経済的に裕福な状況ではないので,この時点でなかなか苦しい.HP504を試し,悪くないという印象.その隣にあったHP506(PHA4コンサート鍵盤)も試したところ,HP504よりもさらに優れているという印象.この時点で段々と決断ができなくなっていく.

鍵盤にこだわる人は当然多いだろうが,その評価は多分に主観的になると思うし,購入者の演奏レベルにも大きく依存するだろう.私の場合,鍵盤のタッチについては,予算の許す範囲で妥協をしない,という方針を貫くつもりだった.ネットで他の方々の意見もよく収集した.ただ,ネットの意見は,評価者の演奏レベルがよくわからない(どれくらいの難易度の曲を演奏するか,具体的に書いてあれば助けにはなるだろうが).それと,各メーカーへの好みというのがあって(もちろん私にもある),中立の意見を求めるのが難しい(評価者がどこまで各メーカーの製品を試しているのかも分からない.私がいま書いているこの記事についても当てはまるけれども).

海外での評価についても調べてある.
http://azpianonews.blogspot.jp/p/recent-news-for-digital-pianos.html
全編英語で,しかも長大であるが,各メーカーの製品について長所を書いており中立な印象がある.筆者はピアノ演奏者で,ピアノ教育者でもあると書いてある(念のため言っておくが,本当かどうかはやはり分からない).日本からの輸入になるためか,日本における最新機種については書かれていないものもある.英語自体は平易である(私の主観であることに注意)ので,一読し参照されたい.

ローランド製品を求めていた私は,このサイトのローランドの項目をよく読んだ.すると,鍵盤については,PHA4コンサート鍵盤(HP506以上の機種に搭載)の評価が高い.鍵盤性能は価格に比例するので,当然と言えば当然である.

この時点で,予算的には大変に厳しいが,相当の無理をして20万円前後のHP506にしようと半ば決めた.鍵盤についての妥協をしないという方針を守った.

4回目の試弾時,HP506を試し,これかなと思った.ついでに,その向かい側にあったカワイCA17も触った.悪くないのだが,鍵盤の支点が短いため白鍵奥が重い.ある程度の難易度の曲になれば,この点は必ず問題になる.ある程度というのがどれくらいかと言われると,ちょっと困ってしまうが,私の知識の限りでは,例えばラヴェル組曲『鏡 4.道化師の朝の歌』がある(高難度すぎる気もするがすぐには他の曲を思いつかない).白鍵と黒鍵のトリル(と言ってよいのか?)が随所にあり,どうしても白鍵の奥側を高速で打たなければならない.長年の愛用機PX720では上手く演奏できない部分である.
木製鍵盤は魅力的だが,このような次第でCA17は除外することになった.

この時点で,HP506にすることを95%決意していた.

ここで鍵盤のタッチについて書いておきたい.アコースティックピアノのタッチに近いものを求める人が多いのは,まあ当然である.しかし,完全な再現は構造上どう考えても無理である(近い将来できるようになるかもしれないけれど).だから,例えばこどもの教育上は生ピアノが良いというネットの声も,まあ当然である.ただ,アコースティックピアノを導入する経済的余裕・住居環境にないから電子ピアノを求めるわけである.
こうした状況で,最大限アコースティックに近いタッチのものを選びたい.ネットの評価を見ると,様々な機種に関して様々な意見がある.カワイやヤマハアコースティックピアノと比較している場合が多い.それで,重いとか軽いとか,書かれている.

ここでふと立ち止まる.実際のグランドピアノは,メーカー,個体,製造からの経年によってかなりタッチが異なる.ヤマハのグランドピアノを計4台弾いたことがあるが.どれも鍵盤の重さが異なった.軽くて弾きやすいものもあれば,重くて上手く弾けないものもあった.さらに,STEINWAYのB221も触ったことがあって,この個体はかなり重かった.もっと調べると,フルコンサートグランドピアノは結構軽いという感想もある.アコースティックの場合,調律の仕方によってかなり差が出ると思われる.
同じSTEINWAY製のフルコンにしても,ホロヴィッツは軽めのタッチを,リヒテルは重めのタッチを好んだということからも,調律によっていかようにも変えられるということが分かる.さらに,グールドは,テルアヴィヴへの演奏旅行でひどいピアノに出会ったと『グレン・グールドは語る』(ちくま学芸文庫,p35)にある.会場ごとにピアノの状態が異なるわけだ.
まあ,このように各ピアノそれぞれのタッチがあり,ネットで見かけるピアノ教室のグランドピアノと一緒だからとか,このメーカーのと比較するとどうだとかいうのは,データ不足であるうえ,当てにならなそうだと思う.
アコースティックピアノでさえタッチがバラバラということなら,20万円以上の機種はどれもタッチは悪くないので,もうここから先は個人の好みで選んでも良さそうだと思うわけである.

こういう状態で,いよいよ5回目の試弾に臨んだ.HP506を試し,これに決定しようとしたとき,店員にカワイのCA67は木製鍵盤で良いですよ,と言われ,買うつもりはないが試してもいいかと思い試弾した.たしかに,反応性も良いし,記憶の中のアコースティックピアノのタッチに近い.ただ,鍵盤の沈み込みがローランド製品よりも深く,この点が気に入らなかった.先述したように,アコースティックピアノでさえそれぞれタッチが異なるのだから,わざわざ予算オーバーしてまでCA67を買うことはないだろうと思った.……思ったのだが,店員がずいぶんCA67を薦めてくるので,迷いが出始める.話を聞く限り,店員さんもピアノの知識は豊富そうだった.
ここからが迷走の始まりで,内心では予算上HP506で良いではないかと思いながらも,2時間にわたってHP506とCA67を交代で試弾し続けた.CA67は悪くない,しかしCA67を選ぶ決定打がない.予算オーバーであることから,悩みに悩むものの,HP506で良いのでは,わざわざ高いものを買うこともないのではという思いが消えなかった.店員さんはCA67が良いと続ける.その上,その場にあったSTEINWAYのグランドピアノに触らせてくれた.古くて状態が良いとはいえないものだったが,鍵盤の沈み込みが深い.いや,まあこんなものかもしれないくらいの感想で,まだHP506で良いと思っていた.
決めたのは,最後の10分間であった.実は,小心者の私は,大音量で試弾することを遠慮していて,ヘッドフォンで試しても思いっきり鍵盤を叩くことをしなかった(下手かもしれない演奏を聴かれたくないではないか).いろいろな曲を試弾していたわけだが,弱音ペダルを踏みながら,できるだけ弱いタッチで打鍵していたので,HP506 とCA67に差を見いだせなかった.これが迷走の原因である.周囲のことを気にせず,思いっきり試弾すればこんなに長くかからず済んだ(私だけかもしれないが).
最後の最後に,両方の機種でプロコフィエフの『ピアノソナタ7番第3楽章』を全体通して試した.ヘッドフォンはしているが,遠慮せずに思いっきり打鍵した.そして,二つの間に決定的な違いがあることに気が付いたわけである.打鍵時の反発がまったく違う.ローランドの方は,強打したとき(ただの強打ではない,高いところから全力で振り下ろす叩き方,ソコロフの演奏にならった.Youtubeに動画があるので,興味のある方はどういう叩き方か参照されたい)強い反発があって,指を痛めそうだった.対してカワイの方は,反発が感じられず,指も痛くなかった.ネット上にも,ローランドは反発が強いという評価はあったが,あまり重要視していなかった.実際やってみると明らかに分かる.鍵盤を叩き壊す勢いでやると良い(展示品を壊さないように).
胃が痛くなるほど予算を考え直し,結局CA67にしたというわけである.

カワイやヤマハアコースティックピアノも製造しているので,当然のことながら自社製品の競合を避けるため,電子ピアノをアコースティックと同等のタッチにまで調整することはないだろうと思っていた.その点,ローランドは,自社でアコースティックピアノを製造していないので,競合など考えずかなりのところまで追求しているのではないかと思っていたわけである.実際,PHA4コンサート鍵盤は,良い出来だと「個人的に」思う.そのため,はじめからカワイやヤマハは念頭になく,あくまで参考程度に触っていた.加えて,ローランドはSTEINWAY(と言われている)から,カワイ,ヤマハは自社のフルコンサートグランドピアノから音をサンプリングしており,個人的にSTEINWAYの音が好ましいというのもある.それでローランド中心に検討していたわけだ.
CA67がどの程度カワイのアコースティックピアノ寄りなのかは,カワイのピアノに触った経験があまりないので評価できない.鍵盤としての性能が良いのは,上記の通りである.

今回,ヤマハの製品にはほとんど触れていないため,ここに感想を記すことはできない.

これだけ長文を書いておいて結論はありきたりに「自分の求めるレベルに合った製品を選ぶ」のが肝要であるということだ.幸い,私は,どのレベルを求めていたのか最後に自覚できたが,まだ弾き始めたばかりという場合には,自分の求めるレベルを掴むのは難しいかもしれない.あくまでも趣味,こだわりはない,というのであれば予算の許す範囲で一番高価なものを購入するのが安全.ただ,数年前に比べ電子ピアノの性能向上は著しい印象なので,低価格な機種でも,弾き始めたばかりの人にとっては満足できる買い物になるはず.
私のように,趣味にもかかわらず細部にこだわる場合は,各社の製品を十分検討し,予算の引き上げを検討すべき(生活が極端に苦しくなるのだが).お金をかけることができる場合は,とりあえず一番高い価格帯で好みのものを.

私は,鍵盤の奥が重くとも問題ないか,打鍵の底での反発がどこまで問題になるか,鍵盤の応答性はどこまで必要か(トリルが十分高速でできるほど素早い戻りが必要か,同じ鍵盤を高速連打する必要があるか)というあたりに特に着目した.

音については,私はそれほど優先していない.PX720に比べると,現在の機種は全部良いはず.ヘッドフォンでしか使わないから,スピーカーも気にしない.鍵盤があってピアノの音が出れば,レッスン機能だとか,最大音色数だとか,そういう多機能製は必ずしも必要なかった.と言っておきながら,結果としては一番良いものを選ぶことになった.このあたりの機能も,鍵盤の性能と比例するので仕方が無い.そう言う意味では,余計な機能を省いて比較的安価に良いタッチを提供するCA17のコストパフォーマンスは高い.ローランドの製品は,鍵盤の性能,そのほかの機能,価格のバランスが良いという印象がある.ヤマハに関してはコメントできるほど触っていないというのは先述したとおり.カシオは比較的低価格で良いものを提供している(らしい.PX720はそうだった).

経験者複数に聴取できれば非常に良い.その場合でも,個々の意見を信頼しすぎない.このブログも参考にしすぎないこと.どれを選んでいいか分からない,というときは,少なくともその時点ではどれを選んでも問題ないのではないか,という気がする.物足りなくなったら買い換えということ.お金がない,という経済的問題は解決が難しい.かくいう私も,この先生活できるのかというほどの大出費である.なんでこんなことになったのか.

春風

四月は君の嘘』というアニメ作品が,先日最終話を迎えた.冒頭から涙が止まらない.いままでいくつものアニメ作品を見てきたが,これほど心を揺さぶられた作品はなかった.
ネタバレは避けるが,最終話の演奏シーンは至極の完成度であり,この作品において最も美しいシーンである.すさまじい圧力とダイナミクス,喜怒哀楽の豊かな表現,音楽というものの真の価値が伝わってきた.

率直に言えば,1クール目を見たところでは,多少の伏線はあるにせよ,悪く言えば「ぬるい」作品だと思っていた.ところが,2クールに入って次第にただならぬ雰囲気を漂わせ,物語は加速し,果たして最終話で物語の極致を迎えた.ノイタミナ史上最高傑作であろう.今後,このような作品にはほとんど出会うことができないと思われる.

物事の価値判断は,個人で大きくことなるものであるから,この作品に対する感想も個人により変わるだろう.したがって,この作品が気に入らない人もいることだろう.それはそれでよいのである.「私は」この作品に圧倒され,高く評価する.その価値観を他人に押しつけることはしない,また,他人から価値観を押しつけられることもさせない.

更新

またしてもずいぶんと放置してしまった.
毎日の更新は無理にせよ,定期更新はしたいものだと思いながらも結局は定期放置になるのである.

多少なり最近の話題に触れておくと,やはりひとつにはノーベル賞の発表があるだろう.
物理学賞で日本人3人が受賞したのは喜ばしいことである.問題は,今後も日本が受賞できるような研究を,今しているかである.ここばかりは時の科学政策と予算配分にも依存してしまう.
化学賞は,思いの外早く超解像顕微鏡が受賞してしまった.それだけ応用面での重要性が認められているということであろう.残念ながら私はこれらの顕微鏡にはあまり縁がなかったわけだが,光学顕微鏡で細胞骨格を回折限界以上で撮影した写真には素直に感激を受ける.もっとも,解像度が上がりすぎると,一昔前の顕微鏡で撮影されていた細胞内共局在分子が実は一致しない,などという不都合が起きてくるのではないかという気もするのである.
医学・生理学賞は,久しぶりに神経科学分野からの受賞だった.特定の場所によって発火するニューロンというのは,なかなか興味深い.Grid cellなどの論文はいままで素通りしていたところがあるが,これを機会にまじめに読もうと思った.場所の脳内表現に関する論文は,発見から30〜40年経っているが,いまだNature本誌やNature neuroscienceなどの一流紙でよく見かける.殊に,最近はinterneuronのつくる神経回路解析が盛んで,オプトジェネティクスを用いた回路調節の論文をいくつか見かけた.まだまだ発展しそうな分野である.


さて,読書の記録をしておく.3ヶ月分なのでselected booksとしたい.
ちなみに,いま,Prokofiev Piano Sonata #7 3rd mov., M. Polliniを聞きながらこれを書いている.何度聞いても良い曲である.

池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」

池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」

池上氏による.これは本当にわかりやすい.資本論のエッセンスがかみ砕かれて解説されている.これを手引きとして他書に臨むと理解が深まる.

肉骨茶

肉骨茶

新潮新人賞最年少受賞作.著者が大学受験のときに書いたもの.いまは京大医学部に在籍ということであるが,このころから意識していたのか,環境のなせるわざなのか,医学臭のする文.若さか,荒削りの感もある.それでも私は楽しんで読了した.そもそも書店でふと見かけて手に取ったくらいである,私に何らかの訴求力はあったのであろう.タイトルがそそった.

語り口の軽さがよい.あとがきにて,著者は既存の小説は好きではなかった,なぜなら自分の望む内容・方法ではなかったからだといっている.だから自分で書いたのだと.極論すれば著者の自己満足であるが,しかしそれは他者をも満足させることができたという幸運にめぐまれた.続作に期待したい.

先頃までアニメが放送されていた.私は第1巻からずっとフォローしている.これは面白い.最初に直感したように,この作品は大きく成長してくれたので,大変喜んでいる.560万部を突破したということである,とあるシリーズと並んで1000万部突破もそう遠くはないのではないか.

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

「河童」は有名タイトルだが,読んだことがなかった.読んでみると,無類のおもしろさである.山界の異域に立ち入る話は泉鏡花高野聖』だとか,最近では平野啓一郎『一月物語』だとか,あるけれども,これはまた傑作だと思った.「芋粥」に並んで好きな作品となった.

あとは,軽い読み物にとファミ通文庫を10冊ほど読んだのだが,それはいつか機会があれば記録するだろう.

そういえば,『魔法科高校の劣等生』の著者が新シリーズを開始している.

こちらも細部まで作り込まれた良作である.今後が大いに期待できる.ただ,著者があとがきで述べているが,ロボットものはラノベでは難しいらしい.ぜひとも頑張ってほしい.
『マージナル・ワールド』,『タシュンケ・ウィトコ』のような先例もある.
マージナルワールド (講談社BOX)
異界兵装 タシュンケ・ウィトコ (講談社BOX)


講談社Powersを引き合いに出したので思い出したが,Powers初期のころの,穴が開いたBOXデザインが好きだった.最近は廃止されていて残念である.『コロージョンの夏』を手に取ったときには,そのデザイン性の良さに驚いたものだが.