電子ピアノ選び

長らく愛用していた電子ピアノが壊れてしまったので,買い換えることにした.……が,どれにするか迷いに迷った.最終的にカワイのCA67を選んだ.正直,「どうしてこうなった」というのがいまの心境である.カワイ製の電子ピアノにするつもりもなく,予算も当初はこの半分だった.

備忘録として,購入に至った経緯を残しておくことにした.電子ピアノ選びに迷っている人の助けになれば,幸いに思う.できるだけ客観的・中立な立場で書きたいものの,最後の決断や好みについては,どうしても主観的にならざるを得ない.それと,私はピアノ歴18年と比較的長いが,正式なレッスンを受けたことは一度もないことに留意されたい.あくまでも趣味の範囲である.身近に正当なピアノ教育を長年受けている人がいれば,その人に相談するのが良い(その場合でも主観的な意見はどうしても避けられないとは思う).また,ここ数年は激減しているものの,生のグランドピアノに触れる機会が多かった(ほぼ毎日触れられるというときもあった,運が良かったとしかいえない)ということも注意されたい.

購入前には,入念に試弾したつもり(自分の使用する道具には神経質なほどこだわる性格である).最終的に5回ほど試弾し,計6〜7時間になる.入念に,とは言ったものの,もっと長く,慎重に試される方もおられると思う.とはいえ,いたずらに長く試せばよいとは思わない.注目すべき重要ポイントをまず押さえておく必要があって,これが明確にならないと長く迷うのではないか.このポイントは,購入者が事前に決めておくべきこだわりの点であって,人によって様々と思う.私の場合は,以下の点が重要であった.

★鍵盤のタッチがグランドピアノに近いこと
ひとくちにグランドピアノのタッチと言っても,製造メーカーや個体により差がある点は考慮しなければならない.この点については,あとで詳しく述べる.

この点以外は,どうでもよいとは言わないが,優先順位は低かった.

長年の愛用品はカシオのPX720で,低価格帯の製品.鍵盤はある程度重いが,2015年現在の最高レベルの電子ピアノと比べると,性能差がありすぎて,おもちゃと言われても致し方ない.打鍵音が大きく,静音性はほぼゼロ.それでも不満を感じることは少なく(なにせ趣味だから),壊れるまで8年は使えた.ダンパーペダルが完全に壊れたので,スタッカートか,必死のレガートを試みるしかない状況になり,せっかくなので最近の性能が良い製品に買い換えるかと思ったわけである.

当初の購入予算は10万円で,ローランドのRP401(PHA4スタンダード鍵盤)あたりがちょうどよいのではないか,と思っていた.さっそく試弾に行ったところ,PX720よりははるかに良いものだが,これだ,という決め手に欠けた.この際,カワイの木製鍵盤CA17(M3グランドII鍵盤)に触れている.確かに良い製品だと思ったが,予算不足であり,まだ視野に入っていなかった.

2回目の試弾では,ちょうどRP401を試している人がいたので,上位機種のHP504(PHA4プレミアム鍵盤)を触った.約10年前の機種に比べれば隔世の感がある,とはこのことだというくらいアコースティックピアノに近い感覚があった.その後,RP401に触れると,やはり鍵盤の品質は劣るというのがはっきり分かった.ではHP504にするかというと,予算の面から再考せざるを得なかった.

3回目の試弾では,予算を15万円にどうにか増やした.経済的に裕福な状況ではないので,この時点でなかなか苦しい.HP504を試し,悪くないという印象.その隣にあったHP506(PHA4コンサート鍵盤)も試したところ,HP504よりもさらに優れているという印象.この時点で段々と決断ができなくなっていく.

鍵盤にこだわる人は当然多いだろうが,その評価は多分に主観的になると思うし,購入者の演奏レベルにも大きく依存するだろう.私の場合,鍵盤のタッチについては,予算の許す範囲で妥協をしない,という方針を貫くつもりだった.ネットで他の方々の意見もよく収集した.ただ,ネットの意見は,評価者の演奏レベルがよくわからない(どれくらいの難易度の曲を演奏するか,具体的に書いてあれば助けにはなるだろうが).それと,各メーカーへの好みというのがあって(もちろん私にもある),中立の意見を求めるのが難しい(評価者がどこまで各メーカーの製品を試しているのかも分からない.私がいま書いているこの記事についても当てはまるけれども).

海外での評価についても調べてある.
http://azpianonews.blogspot.jp/p/recent-news-for-digital-pianos.html
全編英語で,しかも長大であるが,各メーカーの製品について長所を書いており中立な印象がある.筆者はピアノ演奏者で,ピアノ教育者でもあると書いてある(念のため言っておくが,本当かどうかはやはり分からない).日本からの輸入になるためか,日本における最新機種については書かれていないものもある.英語自体は平易である(私の主観であることに注意)ので,一読し参照されたい.

ローランド製品を求めていた私は,このサイトのローランドの項目をよく読んだ.すると,鍵盤については,PHA4コンサート鍵盤(HP506以上の機種に搭載)の評価が高い.鍵盤性能は価格に比例するので,当然と言えば当然である.

この時点で,予算的には大変に厳しいが,相当の無理をして20万円前後のHP506にしようと半ば決めた.鍵盤についての妥協をしないという方針を守った.

4回目の試弾時,HP506を試し,これかなと思った.ついでに,その向かい側にあったカワイCA17も触った.悪くないのだが,鍵盤の支点が短いため白鍵奥が重い.ある程度の難易度の曲になれば,この点は必ず問題になる.ある程度というのがどれくらいかと言われると,ちょっと困ってしまうが,私の知識の限りでは,例えばラヴェル組曲『鏡 4.道化師の朝の歌』がある(高難度すぎる気もするがすぐには他の曲を思いつかない).白鍵と黒鍵のトリル(と言ってよいのか?)が随所にあり,どうしても白鍵の奥側を高速で打たなければならない.長年の愛用機PX720では上手く演奏できない部分である.
木製鍵盤は魅力的だが,このような次第でCA17は除外することになった.

この時点で,HP506にすることを95%決意していた.

ここで鍵盤のタッチについて書いておきたい.アコースティックピアノのタッチに近いものを求める人が多いのは,まあ当然である.しかし,完全な再現は構造上どう考えても無理である(近い将来できるようになるかもしれないけれど).だから,例えばこどもの教育上は生ピアノが良いというネットの声も,まあ当然である.ただ,アコースティックピアノを導入する経済的余裕・住居環境にないから電子ピアノを求めるわけである.
こうした状況で,最大限アコースティックに近いタッチのものを選びたい.ネットの評価を見ると,様々な機種に関して様々な意見がある.カワイやヤマハアコースティックピアノと比較している場合が多い.それで,重いとか軽いとか,書かれている.

ここでふと立ち止まる.実際のグランドピアノは,メーカー,個体,製造からの経年によってかなりタッチが異なる.ヤマハのグランドピアノを計4台弾いたことがあるが.どれも鍵盤の重さが異なった.軽くて弾きやすいものもあれば,重くて上手く弾けないものもあった.さらに,STEINWAYのB221も触ったことがあって,この個体はかなり重かった.もっと調べると,フルコンサートグランドピアノは結構軽いという感想もある.アコースティックの場合,調律の仕方によってかなり差が出ると思われる.
同じSTEINWAY製のフルコンにしても,ホロヴィッツは軽めのタッチを,リヒテルは重めのタッチを好んだということからも,調律によっていかようにも変えられるということが分かる.さらに,グールドは,テルアヴィヴへの演奏旅行でひどいピアノに出会ったと『グレン・グールドは語る』(ちくま学芸文庫,p35)にある.会場ごとにピアノの状態が異なるわけだ.
まあ,このように各ピアノそれぞれのタッチがあり,ネットで見かけるピアノ教室のグランドピアノと一緒だからとか,このメーカーのと比較するとどうだとかいうのは,データ不足であるうえ,当てにならなそうだと思う.
アコースティックピアノでさえタッチがバラバラということなら,20万円以上の機種はどれもタッチは悪くないので,もうここから先は個人の好みで選んでも良さそうだと思うわけである.

こういう状態で,いよいよ5回目の試弾に臨んだ.HP506を試し,これに決定しようとしたとき,店員にカワイのCA67は木製鍵盤で良いですよ,と言われ,買うつもりはないが試してもいいかと思い試弾した.たしかに,反応性も良いし,記憶の中のアコースティックピアノのタッチに近い.ただ,鍵盤の沈み込みがローランド製品よりも深く,この点が気に入らなかった.先述したように,アコースティックピアノでさえそれぞれタッチが異なるのだから,わざわざ予算オーバーしてまでCA67を買うことはないだろうと思った.……思ったのだが,店員がずいぶんCA67を薦めてくるので,迷いが出始める.話を聞く限り,店員さんもピアノの知識は豊富そうだった.
ここからが迷走の始まりで,内心では予算上HP506で良いではないかと思いながらも,2時間にわたってHP506とCA67を交代で試弾し続けた.CA67は悪くない,しかしCA67を選ぶ決定打がない.予算オーバーであることから,悩みに悩むものの,HP506で良いのでは,わざわざ高いものを買うこともないのではという思いが消えなかった.店員さんはCA67が良いと続ける.その上,その場にあったSTEINWAYのグランドピアノに触らせてくれた.古くて状態が良いとはいえないものだったが,鍵盤の沈み込みが深い.いや,まあこんなものかもしれないくらいの感想で,まだHP506で良いと思っていた.
決めたのは,最後の10分間であった.実は,小心者の私は,大音量で試弾することを遠慮していて,ヘッドフォンで試しても思いっきり鍵盤を叩くことをしなかった(下手かもしれない演奏を聴かれたくないではないか).いろいろな曲を試弾していたわけだが,弱音ペダルを踏みながら,できるだけ弱いタッチで打鍵していたので,HP506 とCA67に差を見いだせなかった.これが迷走の原因である.周囲のことを気にせず,思いっきり試弾すればこんなに長くかからず済んだ(私だけかもしれないが).
最後の最後に,両方の機種でプロコフィエフの『ピアノソナタ7番第3楽章』を全体通して試した.ヘッドフォンはしているが,遠慮せずに思いっきり打鍵した.そして,二つの間に決定的な違いがあることに気が付いたわけである.打鍵時の反発がまったく違う.ローランドの方は,強打したとき(ただの強打ではない,高いところから全力で振り下ろす叩き方,ソコロフの演奏にならった.Youtubeに動画があるので,興味のある方はどういう叩き方か参照されたい)強い反発があって,指を痛めそうだった.対してカワイの方は,反発が感じられず,指も痛くなかった.ネット上にも,ローランドは反発が強いという評価はあったが,あまり重要視していなかった.実際やってみると明らかに分かる.鍵盤を叩き壊す勢いでやると良い(展示品を壊さないように).
胃が痛くなるほど予算を考え直し,結局CA67にしたというわけである.

カワイやヤマハアコースティックピアノも製造しているので,当然のことながら自社製品の競合を避けるため,電子ピアノをアコースティックと同等のタッチにまで調整することはないだろうと思っていた.その点,ローランドは,自社でアコースティックピアノを製造していないので,競合など考えずかなりのところまで追求しているのではないかと思っていたわけである.実際,PHA4コンサート鍵盤は,良い出来だと「個人的に」思う.そのため,はじめからカワイやヤマハは念頭になく,あくまで参考程度に触っていた.加えて,ローランドはSTEINWAY(と言われている)から,カワイ,ヤマハは自社のフルコンサートグランドピアノから音をサンプリングしており,個人的にSTEINWAYの音が好ましいというのもある.それでローランド中心に検討していたわけだ.
CA67がどの程度カワイのアコースティックピアノ寄りなのかは,カワイのピアノに触った経験があまりないので評価できない.鍵盤としての性能が良いのは,上記の通りである.

今回,ヤマハの製品にはほとんど触れていないため,ここに感想を記すことはできない.

これだけ長文を書いておいて結論はありきたりに「自分の求めるレベルに合った製品を選ぶ」のが肝要であるということだ.幸い,私は,どのレベルを求めていたのか最後に自覚できたが,まだ弾き始めたばかりという場合には,自分の求めるレベルを掴むのは難しいかもしれない.あくまでも趣味,こだわりはない,というのであれば予算の許す範囲で一番高価なものを購入するのが安全.ただ,数年前に比べ電子ピアノの性能向上は著しい印象なので,低価格な機種でも,弾き始めたばかりの人にとっては満足できる買い物になるはず.
私のように,趣味にもかかわらず細部にこだわる場合は,各社の製品を十分検討し,予算の引き上げを検討すべき(生活が極端に苦しくなるのだが).お金をかけることができる場合は,とりあえず一番高い価格帯で好みのものを.

私は,鍵盤の奥が重くとも問題ないか,打鍵の底での反発がどこまで問題になるか,鍵盤の応答性はどこまで必要か(トリルが十分高速でできるほど素早い戻りが必要か,同じ鍵盤を高速連打する必要があるか)というあたりに特に着目した.

音については,私はそれほど優先していない.PX720に比べると,現在の機種は全部良いはず.ヘッドフォンでしか使わないから,スピーカーも気にしない.鍵盤があってピアノの音が出れば,レッスン機能だとか,最大音色数だとか,そういう多機能製は必ずしも必要なかった.と言っておきながら,結果としては一番良いものを選ぶことになった.このあたりの機能も,鍵盤の性能と比例するので仕方が無い.そう言う意味では,余計な機能を省いて比較的安価に良いタッチを提供するCA17のコストパフォーマンスは高い.ローランドの製品は,鍵盤の性能,そのほかの機能,価格のバランスが良いという印象がある.ヤマハに関してはコメントできるほど触っていないというのは先述したとおり.カシオは比較的低価格で良いものを提供している(らしい.PX720はそうだった).

経験者複数に聴取できれば非常に良い.その場合でも,個々の意見を信頼しすぎない.このブログも参考にしすぎないこと.どれを選んでいいか分からない,というときは,少なくともその時点ではどれを選んでも問題ないのではないか,という気がする.物足りなくなったら買い換えということ.お金がない,という経済的問題は解決が難しい.かくいう私も,この先生活できるのかというほどの大出費である.なんでこんなことになったのか.