読書記録<読書術>

読書術 (岩波現代文庫)

読書術 (岩波現代文庫)

加藤周一著.『本を読む本』に引き続き,私自身の読書を振り返るために読んでみた.

まず,著者の加藤氏について簡単に紹介しておく.1919年生まれで,東京帝國大學医学部卒.内科学,血液学を専門とするが,在学時より文学に興味を示し,評論活動を行う.近現代における知識人であった.2008年に逝去.

私的なエピソードになるけれども,私が大学1年のとき,すなわち2006年の冬のことだった.大学に加藤周一氏が講演にいらっしゃるという告知ポスターが学内に貼り出されていた.たしか金曜日のことだったと思う.その日最後の講義は,松浦寿輝先生による初修フランス語だった.松浦先生は,加藤氏が来学されることを授業の終わりにアナウンスし,加藤氏が高齢であることを考えれば,この偉大な知性に触れる機会はもうまもなくなくなるだろうと仰ったのであった.当時の私は,まったくもって不見識の極みであり,面倒だからと講演会へは行かなかった.それから2年して加藤氏は亡くなった.あのとき行くべきだったと,今思い返しても悔やまれる.

さて,本書は,タイトルの通り,読書の方法について述べている.『本を読む本』に比べると,エッセイに近い.中でも私の気を引いたのは,「読まずにすます方法」である.これについては,ショーペンハウエルが『読書について』の中でも述べている.ショーペンハウエルの言を今風に云えば,ベストセラーなんか読む必要はない,古典だけ読めばいいのだということになる.ここでいう古典とは,ローマ,ギリシアの古典のことである.ショーペンハウエルは,極端な古典偏重の傾向がある.一方,加藤氏もローマ,ギリシアの古典を読むのは良いことだとしている.さらには,19世紀のフランス,ロシアなどの西洋文学も古典として読んでもいいだろうと云っている.読まないですませるには,詳しい人から内容を口頭で聞く(耳学問)とか,本を読んだという相手に内容をしゃべらせるという方法があるそうだ.

現代は,ショーペンハウエルの時代以上に書物に溢れている.加藤氏は,数多くの書物の中から,読むべき本を選択し他は読まないという態度を取ることの大切さを述べている.その実践のためには,一人の作家とだけ付き合うという方法もあるようだ.

ウンベルト・エーコ曰く,すべての本を読んでいる時間はない,しかし,読んでいない本について語ることはできる.抜粋を読むとか,加藤氏の云うように耳学問である程度の内容は把握することができるのである.

本書では,精読と速読の併用や,外国語の本を読む方法,難しい本を読む方法についても触れられている.面白いのは,分からない本は読まないという提案があることである.そうすれば,精神衛生にも良いのだと云う.まったくその通りだが,たとえば,学術的研究に携わるものならば,やはりどうしても難書にあたらねばならぬときはある.これはもう,必要上の難書であって,精読する以外に突破する方法はない.

最近になってようやく気が付いたことだが,この世界には読みたい本がたくさんある.古典作品でさえ膨大な量があるのである.そして,一生かけてもそのすべてを読み尽くすことはできない.本当に悲しいことだが,だからこそ,読む本は精査していかねばならないのだと強く自覚する.……といいつつ,お気に入りのライトノベルに手を伸ばすのがこれまた悲しいところである.