読書記録<本を読む本>

本を読む本 (講談社学術文庫)

本を読む本 (講談社学術文庫)

アメリカの哲学者アドラーと文学者ドーレンによる著作.
読書の方法論について,つまりどのように本を読むかを論じた本である.この本を読もうと思ったのは,私自身が,実は本を読めていないのではないかと思ったからである.本を読むというのは,内容を掴み,己の血肉とするという意味であって,私の読書法はもしかしたら,表面をなぞるだけの冷やかしなのではないかと思ったのである.

本書では,まず読書のレベルを4つに分類している.
第1レベル「初級読書」:読み書きのまったくできない子供が,初歩の読み書き技術を習得するためのもの.
第2レベル「点検読書」:短時間で,それがどういう種類の本かをつかみ,系統立てて拾い読みする.
第3レベル「分析読書」:取り組んだ本を血肉とするまで徹底的に読み抜く.
第4レベル「シントピカル読書」:1つのテーマについて何冊もの本を相互に関連づけて読む.

ざっとこのような内容であり,特に第3のレベルである分析読書について詳しく書かれている.このうち,最後の最も高度な読書であるシントピカル読書は聞き慣れない呼び名である.これは,シントピコンというものに因んでいる.シントピコンは,膨大な数のテーマについて何を見れば良いのかを示す参考書のことである.シントピカル読書では,どんな本を読めば良いのかという問題がある.シントピコンは,その問題を解決する助けになるのである.

本書での読書は,主に教養書を対象としている.例としてあげられているのは,マキャベリ君主論』やユークリッド幾何学原論』など,読むには相当の体力を必要とする本が多い.
学生が教科書を読む際に身につけるべき態度を述べているといっても良いだろう.本書は,研究者(特にかけ出しの若い人たち)にとって有益な方法論を提示しているように思う.たとえば,私は生命科学の分野で研究をしているが,論文を読むとき,まず,それが何について書かれたものかをざっと見る.タイトル,要旨が手がかりになる.そして,論文の図および図の説明を読み,概略を把握する.このプロセスは点検読書と云えるだろう.そして,イントロダクションからじっくりと読んでいく.この際,論文の著者の主張に対し,常に疑問を持ちながら読む.著者の主張が妥当か,根拠の弱いところがないか.これが分析読書だろうか.

さて,シントピカル読書についてだが,これまた私の専門に関連して例を挙げると,たとえば,「海馬におけるニューロンの遊走」について知りたいとする.この場合,いろいろな論文を参照しなければならない.けれども,やみくもに読むこともできない.まずは,シントピコンとなる参考書を手に取る.これには,教科書などのまとまった書物がまず役立つ.教科書(この場合,神経科学の教科書)は,知りたいことについてある程度簡単に記述があり,かつ,その記述の根拠となる文献を列挙しているのが普通である.教科書もしくは総説論文(neural cell migarationやhippocampusというキーワードを含むもの)の参考文献の中から,自分の興味有る文献を選び出し,読む.いくつか読んで,どの論文でも共通した内容を云っていることを知り,かつ,ときには意見が対立することもあるのを知る.そして,シントピカル読書の最後の到達点である,どの文献にもはっきりとは書かれていないテーマを見出す.この場合,海馬ニューロンの遊走において分かっていないことを見つけられたら良い.そうすれば,それをテーマに新しい研究を始められるだろう.

小説・詩などの文学作品の読み方についても簡単に触れられている.私がよく読む本は小説である.本書によると,小説は一気に,短時間で速く,没入して読むべきものだそうである.小説の世界を十分に味わい,物語の統一性を感じるには,この方法が確かに良いだろう.時間をあけて読むと,最初の方を忘れてしまったりする(京極夏彦などのように浩瀚なものは特に).

本書で述べられる読書法は,かなり高度なもので,身につけるには時間がかかるだろうと思う.とはいえ,専門分野の文献を読むときには必要な方法論である.