前回から2週間,またしても読書記録をまとめて記載する.
まずは,読書中であることを前回ほのめかした
川端康成『
眠れる美女』.老人と,ひたすら眠り続ける
若い女との対比,劇的で異常なしかし予期しうるクライマックス.すっかりこの作品が気に入ってしまった.ぜひとも再読したい.ほかに『片腕』『散るぬるを』を収録.『片腕』は,
若い女から片腕を借り受けるという,奇怪な話である.
綿矢りさの近刊.表題作『憤死』を含め,4編の短編を収録.『憤死』は,女版の太った
スネ夫と形容される,主人公の友人(?)が自殺未遂で入院するという話である.この女版
スネ夫というのが強烈な個性を発揮する.読後の,胸焼けにも似た不快感,すっきりしない感じ,自分と世間とに感じる馬鹿馬鹿しさがなんとも嫌な作品である.『おとな』は極めて短い作品である.しかし,本書に収められている作品の中では,随一の傑作と思う.虚構の物語として読者はこの小説世界に入るが,後半,突如現れる作者の存在が,虚構を現実にまで押し広げ,現実が犯されるのである.
三島由紀夫が指摘する「炭取りが廻る」ということだ.
講談社BOX-
AiRより.長い間積んでいた作品を手に取った.Powers BOX, BOX-
AiRは装丁が良い.このレーベルの第一作である新沢克海『コロージョンの夏』が発売されたときには,その斬新な装丁に驚かされたものである.さて,本作は,MRDという奇病に罹患した患者が,周囲を崩壊させていくという状況から始まる.その患者を処置するために,同じくMRDに罹患し奇跡的に
寛解した少女らが
武装して立ち向かう.どこまでもシビアな現実.最後に残った希望の火がかすかに明滅する.個人的に,Victorのファンである.
講談社ノベルスより.全寮制の女子校が舞台で,少女たちは,自らに割り振られた数字の謎を追いかける.謎が次第に全貌を現わす過程は,すばらしく良く描かれている.しかるに,謎そのものがいささか陳腐だった感が否めない.とはいえ,なかなかに楽しめたので良しとする.雰囲気として
乾くるみ『
Jの神話』のような作品を連想する.
講談社ノベルス,
森博嗣の最新刊.独特の文体と世界観,登場人物達の個性が際立つ.私は
森博嗣の大ファンであるから,このシリーズの最新刊を心待ちにしていた.期待を裏切らない出来である.大学2年のころ,眠れぬ深夜にベッドの明かりで,ChopinのBalladeをリピート再生しながら読んだ『四季 秋』は忘れられない.全ての物語がつながって,巨大な構造が露わになったときの,あの驚きを忘れることができない.森氏は,あと数作の作品を完成させたら,作家を引退すると表明しているので,いよいよクライマックスは近いのだろう.
メディアワークス文庫より.両親の離婚で離ればなれになっていた
姉弟が再会する.音楽一家に生まれた才能あるピアニストである姉,しかし弟は一切の音楽的素養をもたなかった.二人の間には,再会時より不協和音が漂う.同居することになるも,姉の頑なな態度に弟は困惑する.
姉弟,そして家族の絆が徐々に回復していく様子を丁寧に描いた良作である.「私は病気なの」と告白する姉.ピアノがなければ生きていけないという,病気.私は,バルガス=
リョサの作家という職業に対する考えを思い出す.作家は,自らの持てるエネルギー,時間,努力の全てを文学に捧げねばならない.作家は,文学の幸せな犠牲者,奴隷である.ここにおける文学を,音楽に置き換えたものが,姉・天音の人生に他なるまい.続編を期待する.
メディアワークス文庫より.山中にオープンした,一年間限定の不思議な洋菓子店が舞台.特段のコメントはない.良くも悪くも.
メディアワークス文庫より.両親を亡くし,親戚中を渡り歩く少女が行き着いたのは,
ハーブティーを扱うカフェ.カフェを営む初対面の伯父とともに様々な客に出会い,物語が展開される.後半,驚くべき事実が明らかになる.私もすっかりだまされた.
『
伊豆の踊子』は三度も読んだ.短いながらもすばらしく濃厚で,巧み,そして美しい作品である.書き出しの見事さは本当に賞賛すべきもので,
川端康成は,『
眠れる美女』にしても『雪国』にしても,書き出しが非常に上手である.あっというまに読者を小説世界に引き込み,どんどんと牽引していく.表題作のほか『温泉宿』『抒情歌』『禽獣』を収録.
白水社エクス・リブリス.タイトルの響きの良さと,表紙の美しさに惹かれた.
北アフリカの町モガドールを舞台に,若い娘ファトマの彷徨が描かれる.
イスラーム世界の匂いが濃厚に立ちこめるこの物語は,訳者があとがきで述べているように,ストーリーよりも,場や雰囲気を重視して書かれている.だから,読者は,町のざわめきを聞き,薬草の薫蒸の匂いを嗅ぎ,ハンマームの艶めいた世界へ,たっぷりと浸る.作者のアルベルト・ルイ=サンチェスは,メキシコ出身の作家であるが,本作には,まったくメキシコを感じさせる要素はない.そこから遠く隔たった
北アフリカの
イスラーム世界を舞台に,モガドール五部作を発表しているくらいである.パリに留学しており,
ロラン・バルトに師事していたが,バルトの交通事故死という悲劇に直面したという.バルガス=
リョサ,ガルシア=
マルケス,
ボルヘスなど,
ラテンアメリカ文学の豊かさを知らなかった私は実に惜しいことをしている.
まとめて記録すると時間がかかって大変である.少しずつ書いていけたらと思う.
そろそろ積ん読のバタイユに手を伸ばしてもよいだろうか.