En Suisse 04

日曜日.たいていの店は閉店である.日差しが強いので,日焼けに注意しなければならない.しかし,体感としてはそれほど暑くはならず,日蔭などはむしろ涼しい.公園のベンチに腰かけて,トルストイを読みふけった.スイスにいながら,私は,ロシアに行ったのである.日本にいながらでもできることだろうか.いや,こういう環境でする読書は心躍るものがある.

日本を不在にする2か月間に発売される本や漫画をフォローできないのは少し悲しいが,そういった類のものから一度距離を置くことも必要だろうか.

こちらは,非常に日が長く,夜9時を過ぎてもなお明るい.夜10時をすぎてようやく暗くなり始めるのである.だからといって,夜眠れないということはない.むしろよく眠れる.しかも朝の陽ざしで自然に目が覚める.実に健康的な生活を送っている.

今週から,本格的に実験を開始する.そのまえに,受け入れ先のProfessorとdiscussionをしなければならない.

至道流星氏のデビュー作.もとは講談社BOXより刊行されていたものだが,星海社文庫からも出版された.表層的な見方をすれば,かなり現実離れした,いかにもラノベ的な小説ということになってしまう.しかし,最後まで読んだなら,これをラノベと思って気軽に読もうとしたものは,金融・経済用語と概念に打ちのめされるだろう.そういう意味では,レーベル戦略上のミスがないわけでもないのかもしれない.あるいはこのいかにもサブカル的な表紙が誤解を招くのではないか.バルトによれば,作者は「死」ぬのであるが,あえて作者に焦点をあてれば,以前も書いたように,至道氏は経営者であり,経済・会社経営のプロである.その作者によって書かれたからこそ,ここまでリアリティがあり,面白い小説になりうる.もっとも多少のご都合主義には目をつむることにして.これが,角川スニーカー文庫富士見ファンタジア文庫などから出せるかというと,やはり無理だろう.ラノベというには,少し軽さが足りない.こういう種類のものを一緒くたにして,ラノベは底が浅いという人間が,私の周囲にもいたりするが,19世紀の西洋,とくにロシア文学の前には,現代日本のいかなる小説もその価値を薄められてしまうのだということを忘れてはならない.そういった巨大な山脈をひとまず無視して,昨今のラノベは,もはやラノベと一言で片づけられぬものである.筒井康隆氏が『ビアンカ・オーバースタディ』を書いたではないか? もっとも出来はいまいちだったことは認めねばなるまいが,それは,氏自身のラノベ研究により,ラノベの概念が消化され,ひとつの観念として先鋭化された結果であると信じたい.SFテイストなのは無論,氏の出自を考えれば当然である.
ラノベは,ひとつの文芸ジャンルとして確実にその基礎を築いたものと思われる.メディアワークス文庫の成功がそれを証明する.もうすこし前なら,メディアワークス文庫は,ライトノベルと言ってもおかしくはなかった.けれども,今はライトノベルからも,一般文芸からも一定の距離を持ったレーベルとして確立された気がしている.では,肝心のライトノベルはどうなのかと言えば,電撃文庫の手厚いラインナップをはじめ,各社健闘していると信じたい.殊に電撃文庫の成功は非常に顕著であるように思われる.『俺の妹』シリーズや,『とある魔術の禁書目録』などのビッグタイトルがいくつかある.個人的に注目している『魔法科高校の劣等生』シリーズも今後大きく育つと思う.
脱線につぐ脱線の末,論旨があいまいになってしまった.乱暴にまとめると,今後も日本のサブカル文芸界は期待できるということである.人によって意見は異なるだろうけれども.