フランス語愛好

フランス語は,魅力的な言語である.滑らかな発音が耳に心地良い.
現在の日本では,外国語と云うと英語が他の言語を圧倒して優勢である.私は,英語も嫌いではない.研究生活を送る上で,英語は必須の言語であるから,これは努めて身につけねばならぬ.しかし,私はフランス語を好む.
フランス語の感性は,私を引きつけてやまぬのである.

もともと,フランス語は国際語としての地位を確立していた.
かつての国際外交は,貴族階級出身の者が行うのが通例であり,その使用言語たるフランス語が国際語として用いられるのは至極当然のことであった.各国の貴族が好んでフランス語を用いたのは,華やかな貴族文化がフランスを中心として栄えていたからである.フランスが文化の中心であったのは,当時フランスが西欧で最も有力な国であったためである.
帝政期のロシアに於いては,貴族階級の日常語はフランス語であった.当時のロシア文学もその影響を受けて,フランス語が至る所に登場した.そのために,ロシア文学専攻であるのに,フランス語を知らねば作品を読めぬと云うこともあるらしい.

このように,隆盛を極めたフランス語も,次第に英語に圧倒されていき,とうとう国際公用語の座を明け渡した.私は残念に思う.
残念ではあるが,フランス語を国際公用語として用いるには,障害も少なくはあるまい.
英語に比較すると,フランス語は明らかに文法上の困難が多い.多数の動詞の活用を覚えねばならぬのは労苦を伴う.時制も多種多様である.加えて,フランス語は発音の正確さに拘る.私の経験では,発音の拙さについて,英語は寛容である.フランス語はそうはいかぬ.フランス人は,徹底的に正しい発音しか認めてくれないのである.私も,パリジェンヌのマダムに何度も発音を矯正させられたものである.

この発音の困難さにもかかわらず私がフランス語を好むのは,フランス語の発音が美しいからである.フランス語は高低アクセントの言語である.だから,フランス語の発音はおのずとある種の旋律を帯びてくる.日常会話でさえも,この旋律の下に音楽的魅力を持つようになる.ここに,多用される鼻母音の響きが加わり,フランス語の音声妙味が生まれると云うわけである.

私が,フランス語の音声に惹かれるのは,私の出自が影響しているのかもしれぬ.私は,東北の出身であるが,方言には特有の鼻母音が含まれる.その響きの中で育まれた聴感が,同種の言語的音響を求めるとしても不思議ではない.