所を得る

ここのところ,読書記録ばかりになってしまっているので,たまには思うことを書く.

率直に云って,将来のことを決めかねている.つまり,どのような職業に就くべきかということである.当初は,研究職を希望していたものの,研究は,強い興味を持つことができない場合,耐えがたい苦痛になる.いかにして興味ある研究対象を見つけ出すのかは重大な問題である.

最近,研究職に拘ることもないのではないかと思うようになった.
とはいえ,博士号は取得する予定である.博士取得後に何をするか,あまり明確なヴィジョンはない.

自分自身が,人生を賭けても良いと思える仕事があれば良い.而るに,そのような仕事を見いだすのは難しい.

難しいが,必ずしも自分の希望に沿わなかったとしても,その仕事を通して,人生の意味,生きていることの価値を考え続けることができれば良い.

人生は,どこまでも不条理なもので,能力のある者が報われぬ不条理と,能力のない者が報われる不条理との両方があると云う(中島義道『働くことがイヤな人のための本』).

また,学問の世界では,どれほどに才能があったとしても,「僥倖」がなければ出世することはできぬと云う(マックス・ウェーバー『職業としての学問』).
(学問の世界,とくに実験系の自然科学では,いまだに徒弟制度的な結びつきが強い.だから,出世してPI(=研究室のボス)にならなければ,本当の意味で自分の研究をすることはできないため,出世することは大変重大なことである)


努力しても,あるいはしなくても,僥倖に巡り逢い,その幸運を手にすることができれば成功するだろうし,僥倖に出会えなければ成功は難しいであろう.悲しいことである.けれども,自然科学上の大発見は,こういう僥倖に負うことも少なくない.微生物学の基礎を築いたルイ・パスツールは,化学の世界でも大きな功績を残した.酒石酸アンモニウムナトリウムの結晶が,鏡像関係にある二つの種類に区別できると気がついた.これが,分子不斉の発見につながった.
両鏡像体の酒石酸アンモニウムナトリウム結晶を得るのは簡単ではなく,パスツールが鏡像体を区別できる条件で結晶を得られたのは幸運らしい.
やはり,こういう偶然がなければ,成功はなかなかないだろう.ただし,偶然があっても,パスツールのように鋭い観察眼と洞察力がなければ,チャンスを掴むのは難しいかもしれない.

本当に人生は難しいものだ.不条理に満ちているし,運が努力に勝って将来を決定づけたりする.

けれども,どうにか,自分の居場所を確保できれば良いと思っている.所を得るということである.
たとえ望まぬ仕事でも,所を得ることができるのなら,生きていけるだろう.

碇シンジ「僕は,ここにいても良いんだ」

まさしくこのことである.


読書記録もしておく.

オーストリアの作家シュテファン・ツヴァイクの短編集『チェスの話』.

チェスの話――ツヴァイク短篇選 (大人の本棚)

チェスの話――ツヴァイク短篇選 (大人の本棚)

故・児玉清氏が愛した作家だという.
個人的には,「書痴メンデル」という短編が気に入った.
1910年代の物語で,ヤーコプ・メンデルという,喫茶店の片隅に陣取って一日中本を読みふけっている人物が話題になる.いかなる書物のことも,そのたぐいまれなる記憶力を誇る頭脳に収め,生ける書物型録とでも云うべき存在.作中では,メンデルと語り手との出会いから,メンデルの最期までが描かれる.