読書記録<エトランゼのすべて>

エトランゼのすべて (星海社FICTIONS)

エトランゼのすべて (星海社FICTIONS)

星海社より出版.

装画の魅力もさることながら,本の造りに関心する.星海社から出版される本には,単行本も文庫本も栞紐がついている.現在,文庫本で栞紐がついているのは,新潮文庫星海社文庫だけである.挿絵が数点あるが,すべてカラーである(章の扉絵は除く).本文書体は秀英明朝体で,これは私が最も好きな書体の一つ.ひらがなの「い」「う」「こ」「に」などが一息に書かれる書体で,独特の丸みを帯びた柔らかな印象を受ける.

京都大学に入学した主人公・針塚圭介は,大学デビューを華麗に果たすべく,サークルへの参加を目論む.しかし,元来地味な人物の針塚は,華やかなサークルには近づけずに,自身の性格に見合ったおとなしそうな「京都観察会」なるサークルの新入生歓迎説明会に行く.怪しげなサークルだったが,そこで会長を務めるミステリアスな美女に出会う.

いわゆるリア充を目指す彼は,周囲の華やかな学生たちをうらやましく思いながら学生生活を送る.サークルの先輩女性と買い物に行ったり,バイトを手伝ったり,観光に行こうとしたりする彼の主観は,何か満たされぬものがある.しかし,客観的に見れば,彼の生活は十分に充実している.人間関係がきちんと構築され,自分の居場所ができていく.

神秘的な雰囲気をまとう会長に惹かれる針塚は,あるとき,会長の存在に疑問を抱く.彼女は,もしかしたら京都大学の学生ではないのではないか.この気づきから,サークル創設の全容,サークルの真の目的,そして会長の正体が明らかになる.

クライマックスに向けての不安定な盛り上がりは,読者を引きつけると思う.この作品の優れているところは,安易なハッピーエンドを迎えないことである.登場人物たちは,常に人生の不安のただなかにいる.常に流れゆく時の中にいる.針塚は,一箇所にとどまり安定化することを否定する.成長し,進みゆくことを目指す.

本書は,「大学生」に抱くあらゆる幻想を打ち砕く.高校生から大学生になったとしても,劇的に人生が華やかになるわけではない.大学生なりの生活の変化はあるにせよ,甘い世界が待っているのではない.こんな大学生活で良いのかという自問自答のうちに,時間は流れてゆくものだと思わされる.私自身の大学生活とも一致する観である.

本作は京都を舞台にした作品だが,森見登美彦太陽の塔』『四畳半神話体系』など,京都作品には,云いしれぬ魅力がある.殊に,大学に所属する身としては,大学を舞台にした作品は身近で面白い.京都大学は個性的な大学だというのが強く印象的である.東京大学が官僚養成を目指した場であること,自ずと全方位型の秀才が求められることは,裏返せば,無個性になりがちである.一方,そうした体制的な大学への反発を含めて創立された京都帝国大学の精神は,京都大学に受け継がれ,突出した才能を求めている.京大入試にも,大学側の求める学生像がよく現れている.密かに京都大学にあこがれているのだが,西の高峰はあまりに高すぎる.

西尾維新森見登美彦,『涼宮ハルヒの憂鬱』をはじめ話題作の音楽を作曲した神前暁,アニメーション監督の山本寛,など,京都はサブカルチャーの分野に優れた人材を輩出している.