神経細胞の培養

毎日読書記録をするのも大変なので,今日は神経細胞の培養について書く.
神経細胞と一口にいっても,実はいろいろな種類がある.脳の各部位によって様々な神経細胞が存在する.たとえば,記憶を司ると云われている海馬には,錐体細胞という神経細胞があるし,小脳にはプルキンエ細胞とか,顆粒細胞などがある.こういう細胞は,それぞれ違った役割を持っていて,性質も違う.その性質の違いは,その細胞が発現する遺伝子の違い,最終的にはタンパク分子の違いということになるだろうか.

神経細胞の培養で最もスタンダードな培養のひとつに,海馬ニューロンの培養がある.培養操作はそれほど難しくはない.慣れれば万人ができるはずである.
普通,神経細胞の培養と云ったときには,マウスやラットの胎児から細胞を取り出す.開頭し,脳を取り出す.そして,顕微鏡下で海馬を切り取る.胎児の脳組織は非常に軟らかく脆弱であるので,操作は慎重に行わねばならない.そして,トリプシンもしくはパパインなどの酵素によって組織をばらばらにする.これをあらかじめ容易した培養プレートに撒けば良い.培養時には,液体培地を用いる.神経細胞は分裂しないので,培地を交換する必要もない.

はじめ,細胞は丸い形状をしており,ラメリポディアと呼ばれる膜状の器官を周囲に伸ばす.数時間〜1日で,細胞から突起が伸び始める.その後数日で,数本の突起が伸び続ける.やがて,複数の突起のうち1本が他よりも長く伸び出す.これが幼弱な軸索である.軸索以外の突起は樹状突起になる.培養開始から1週間ほどで,典型的な神経細胞の形態を取るようになる.

神経細胞の培養では,バンカー法という,より高度な培養法もある.これは,神経細胞だけを培養するのでなく,脳組織で本来神経細胞を取り囲んでいるグリア細胞も同時に培養する方法である.ただし,同じプレート上に混ぜて培養するのではない.まず,グリア細胞だけをプレート上で培養し,グリア細胞の層を作る.ここに,カバーグラスに撒いた神経細胞を,グリアの層に接触させて培養するのである.こうすれば,神経細胞とグリアを分けつつも同時に培養できる.この方法では,神経細胞の形状が通常の方法よりも美しく整い,グリアからの栄養因子によって神経細胞も元気に培養できる.

いろいろな神経細胞の培養が行われているが,上記の海馬神経の培養以外には,交感神経,後根神経節,上頸神経節,大脳皮質顆粒細胞,などの培養がある.それぞれ,実験の目的によって使い分けるのである.

こういった方法は,分散培養といって,神経組織をばらばらにして培養するので,細胞一つ一つを観察するのに適す.しかし,神経は,本来他の神経細胞と密に連絡をとって機能を果たすものであるから,個々の細胞だけを見ていては,真の機能を知ることはできない.そこで,組織培養という方法を用いるのである.脳組織をスライスして,ごく薄い切片を作る.これで,細胞にとってある程度の環境を維持しながら培養ができる.電気生理学の実験で良く用いられる.だが,さらに正確に云えば,神経細胞は,脳という器官においてはじめてその役割を十全に果たすものである.脳内の神経回路網は極めて複雑であり,脳をそのままの状態で観察するのは難しい.脳を侵襲せずに観察するには,MRIfMRIといった電磁気学的手法をとるのが一般的である.これによって,脳の活動を包括的に観察できる.しかし,その活動に,個々の神経細胞がどう寄与するのかを調べるのは容易ではない.非侵襲的に,脳の深部にある特定の神経細胞を,顕微鏡を覗くような感覚で観察する方法は今のところなさそうである.ただ,大脳皮質の表面の神経細胞を立体的に観察する技術ならばある.二光子顕微鏡を使えば,ある程度の深さまで神経細胞を見ることができる.

神経回路は極めて複雑であり,その解析は生物学的手法だけでは無理だろう.情報科学との連携が必要である.すでにいくつもの研究が為されているけれども,生命科学の立場からできる限りの情報を得た上で,他分野の手法を用いねばならない.非侵襲的に,神経細胞や神経回路を観察でき,かつその活動を記録できるような方法を確立できないものだろうか.