物理学について

私の現在の専門は基礎医学である.特に神経細胞の細胞生物学が研究テーマになっている.

しかし,数年前まで,私は物理学を学びたいと思っていた.実際,初歩の物理学の手ほどきは受けている.けれども,現在の物理学研究に興味が持てなかったのである.こればかりはどうしようもない.物理学から離れて3,4年ほどになるが,いまだに物理学には心を引かれるものがある.

力学は,物理学の基礎中の基礎である.ニュートンによって確立された古典力学は,1700年代終盤,ラグランジュの手で解析力学へとまとめ上げられる.この解析力学は,私がもっとも好む分野の一つである.力学の教科書はたくさんあるが,中でも名著と云われるのはランダウ=リフシッツの『力学』で,簡潔ながら極めて本質を突いた本である.

力学 (増訂第3版)   ランダウ=リフシッツ理論物理学教程

力学 (増訂第3版) ランダウ=リフシッツ理論物理学教程

冒頭,最小作用の原理に従ってラグランジュ方程式が導かれる.一般座標q,その時間微分dq/dt(=Qと書くことにする),そして時間tの函数L(q,Q,t)をラグランジアンと呼ぶ.作用Sは,ラグランジアンの時間tについての積分により与えられ,系はSが最小となるように運動する.Sが極小になるような条件は,変分法により得られる.ランダウ=リフシッツは,このあたりを簡潔に処理しているが,『ファインマン物理学・電磁気学』の補章では,最小作用の原理が丁寧に述べられている.ともかく,変分を実行すると,微分方程式
d/dt(∂L/∂Q)-∂L/∂q=0
が得られる.これがラグランジュ方程式で,ラグランジアンLが定まれば,系の運動方程式がたちどころに得られる.
ランダウ=リフシッツは,このあと,質点系のラグランジアンを決定する作業を巧みに進め,L=T-U(T:運動エネルギー,U:ポテンシャルエネルギー)を得る.ここまでくれば,さきほどのラグランジュ方程式により,ニュートン運動方程式
F=-∇Uが得られる.

歴史的に見ると,ニュートン運動方程式を変形し,ラグランジュ方程式を導いている.そこを出発点にして最小作用の原理を導き出す.このあたりは早田次郎『現代物理学のための解析力学』に詳しい(ただし,この本はかなり専門的).また,初歩の教科書としては藤原邦夫『物理学序論としての力学』の終わりでも解析力学に触れられている.
ラグランジュ方程式は,一般座標を用いていることからわかるように,どんな座標の取り方をしてもその形を変えない.いちいち座標によって運動方程式を考えなくても良いのである.
最小作用の原理は極めて重要で,系のラグランジアンを求められれば,変分法により系を定式化できる.電磁気学や,その拡張で量子力学も定式化できる.一番おもしろいところは,重力の基礎理論である一般相対性理論変分法によって定式化されることだろうか.アインシュタイン相対性理論は一般に有名な理論だが,特殊と一般の二つの理論がある.このうち,一般相対性理論は数学的に高度で難しい.『現代物理学のための解析力学』では,その難しさを了解した上で,アインシュタイン方程式を導こうとしている.
正直かなり難しい.結局,アインシュタイン方程式
Gμν=8πGTμν
が導かれる.左辺はGμν=Rμν-1/2gμνR:アインシュタインテンソルで,時空がどれだけ曲がっているかということを表す量である.右辺は,エネルギー運動量テンソルと呼ばれるもので,物質の存在を表す.つまるところ,何か物質があれば,その時空は歪むということを云っている.

私のように,少し物理をかじっただけの人間では,こういう複雑な理論を根本的に理解するのは無理である.大学の前期教養課程では,私の興味は生命科学や外国語に移っていった.いまさらながら,物理学をもう少し勉強してみたかったとも思う.
物理学の知識は,生命科学を学び,研究する上でも役立つ.細胞などのイメージングは重要な研究手法で,種々の顕微鏡が用いられたり,MRIのように電磁気学的な手法がとられたりする.いずれも,その原理をよく理解しないと正しいデータ取得ができない.光学,波動の性質,電磁気学などを知らずに,測定機器の正確な扱いはできないのである.