Rapid Cancer Detection

昨日発表されたばかりの論文である.

Rapid Cancer Detection by Topically Spraying a γ-Glutamyltranspeptidase–Activated Fluorescent Probe
Yasuteru Urano, et al.
Science Translational Medicine 23 Nov 2011 vol3

Sci Transl Med は,科学界のトップジャーナルScienceの姉妹紙(おそらく).2009年に創刊されたばかりの新しい雑誌で,基礎から臨床まで,疾患の分野横断的な研究を取り扱う.雑誌のタイトルでもあるトランスレーショナル医学というのは,基礎研究で得られた科学知識を臨床の場に移行し,活用することを指す.

本論文は,簡単に云えば,特定の癌細胞に大量発現している酵素により活性化された蛍光色素が癌の検出に役立つということを示している.

Uranoらは,γ-glutamyl hydroxymethyl rhodamine green(gGlu-HMRG)という蛍光プローブを設計した.これは,この状態では蛍光を発さないが,γ-glutamyltransferase(GGT)によって加水分解されてHMRGが産生されると蛍光を発するようになる.GGTは,卵巣癌に過剰発現しており,gGlu-HMRGを卵巣癌由来の培養細胞に振りかけると蛍光を発する.卵巣癌を発生させたマウスにgGlu-HMRGを腹腔注射すると,癌細胞だけが光る.他の色素に比べて格段にバックグラウンドが低く,1mm以下の微小癌も検出できる.

卵巣癌を移植したマウスに麻酔をし,内視鏡下でgGlu-HMRGを噴射すると,5分ほどで移植された癌が蛍光を発し始める.蛍光下で内視鏡を用いて,微小な癌移植片を切除することにも成功している.

卵巣癌は,卵巣の解剖学的位置からして腹膜腔に転移しやすく,産婦人科学的に見て重大な疾患である.外科手術の際,腹膜腔に播種した癌のうち,微小なものや境界が曖昧なものは見逃してしまう可能性がある.今回開発されたgGlu-HMRGは,噴霧後迅速に蛍光を発し,手術の助けになることは間違いない.
また,子宮頸癌の診断には,膣頸管を用いた生検が行われているが,診断の信頼性や生検時の痛みという問題がある.大部分の子宮頸癌もGGTを発現していると云われ,gGlu-HMRGを利用することで検査の信頼性を高め,かつ痛みを軽減できるのではないかと著者らは主張している.
腹腔内に直接噴霧するだけで蛍光を確認出来るので,従来の試薬に比べ,使用量を格段に少なくできるようだ.これにより,試薬の毒性を下げることができる.
ただし,実際の手術では,蛍光と通常光を頻繁に切り替えねばならないという実際的制限がある.また,gGlu-HMRGへの反応性が低い卵巣癌もある.
本論文ではGGTを過剰発現している癌を使って実験を行ったが,GGT以外にも,細胞表面に発現する酵素をターゲットにして,今回と同様の手法で蛍光プローブを作ることができるのではないかと結んでいる.

本論文では,基礎研究と臨床が見事に橋渡しされている.まだマウスを使った実験段階で,人間の手術に至るまでには検証すべきことが多いだろうが,癌治療に新たな光をもたらしたことは確実である.

今回の研究グループは2009年にも癌イメージングの論文を発表している.
Selective molecular imaging of viable cancer cells with pH-activatable fluorescence probes, Urano et al. nature medicine, vol15 num1 Jan 2009
こちらは,human epidermal growth factor type 2(HER2)に対する特異抗体にpH依存性蛍光色素を結合させたプローブを開発した論文.抗体が細胞表面のHER2に結合したあと,エンドサイトーシスによりHER2&抗体はリソソームに向かう.低pH環境になると蛍光を発する.HER2 positiveな肺癌を発生させたマウスで,癌だけが光る実験に成功している.

筆頭著者のUrano,すなわち浦野教授(東京大院医)は薬学のバックグラウンドを持ち,蛍光プローブ開発を専門とする新進気鋭の若手研究者である.有機化学の手法で医学研究を進めるのは,医学部ではまだ珍しいだろう.近年,医学部と工学部が連携して,基礎研究を臨床の場に持ち込む動きが活発になっている.人工臓器の開発や,再生医療などが盛んに行われている.この動きに薬学のアプローチが加わわり,医学がますます発展することが期待される.