現代最高峰のひとり

マルタ・アルゲリッチは,間違いなく,クラシック音楽界における最高のピアニストのひとりである.

1965年ショパンコンクール優勝(ショパンコンクールの順位は,絶対評価である.つまり,年によっては1位なしの2位ということもある)という輝かしい経歴に違わず,素晴らしい演奏技術によって聴き手を楽しませてくれる.

ポリーニが冷静で理知的なピアノを弾くのに対して,アルゲリッチはほとばしる情熱でピアノを弾く.しばしば超絶な速度で演奏されるが,それでいてタッチは驚くほど正確に制御されている.
最近では,YouTubeなどでピアニストの演奏映像を見ることができるが,アルゲリッチの演奏は,一見粗暴にさえ見える.ところが,その打鍵のすべてが超絶な技術で制御されているのであり,奔放な身振りに反して,美しい音が出る.

アルゲリッチは,近年はソロでの演奏をしない.
ソロ演奏をひどく恐れているらしい.
この辺りの話は,青柳いづみこ『ピアニストから見たピアニスト』に書かれている.残念ながら,手元に本がなく,記憶も曖昧なので詳しくは書けない.

ソロ演奏をしないということは,つまり,他の楽器とのアンサンブルになるということである.
室内楽との共演もあるようだが,私は,オーケストラとの協奏曲しか聴いたことがない.
アルゲリッチの情熱的でほとばしるような演奏スタイルからすれば,ソロのピアノ曲よりも,オーケストラとの協奏によって壮大な音楽になる協奏曲のほうが適しているように思う.

Prokofiev Piano concerto No.3は,アルゲリッチの得意とする曲であるらしく,すさまじい.入手できるCDは録音年の違うものが2つほどあるようだが,私はより最近のシャルル・デュトワと共演した音源を所有している.
第1楽章からして,猛烈な速度である.とくに私が好きなのは,第3楽章のコーダ部分である.ここはProkofievの天分が遺憾なく発揮された,極めて完成度の高い部分(しかも演奏難度も高い)であり,アルゲリッチが弾くと,強烈な音のうねりが生じて,オクターブ連打のクライマックスへと高まっていく.
アルゲリッチのconcerto No.3を聴いてしまうと,他のピアニストの演奏がどこか物足りないような気さえする.


かつて,NHKの芸術劇場に出演した中村紘子は,「マルタというのは,彼女の(丸太のように太い)二の腕かと思った」と,ショパンコンクールで競い合ったときの感想を漏らしている.
アルゲリッチの上腕は確かに,大変筋肉が発達しているように見える.だからこそ,あのような豪快な演奏ができるのだろう.
ピアノを弾くときには,腕もそうだが,指先を動かす筋肉の発達が重要になってくる.
指を動かす動作は,前腕部から起こる伸筋・屈筋が担っている.指を鍛えれば,前腕もたくましくなる(はず).
ピアニストにとっては,虫様筋mm.lumbricaresという,深指屈筋の腱から起こって,指伸筋の腱に停止する筋も重要らしい.指を素早く動かすのに寄与するようである(『解剖実習の手びき』より).

ピアノを弾くのに最適になるよう,弛まぬ努力によって鍛えられたピアニストの指というのは,非常に興味深い.
アルゲリッチの上腕,前腕,指の筋がどれほどに発達しているものか,誰か調べてくれないものだろうか.